感謝しかありません
- kubodera1122
- 5 時間前
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少し先ですが、11月9日に植芝守央道主の叙勲祝賀会が東京で行われます。僭越とは思いますが、私も祝賀会に参加させて頂きます。
と言うのも、道主と発起人の多田師範は、私の合気道の最初の先生になります。
もう、35年以上前になります、私が東京の武蔵境にある亜細亜大学の学生だった頃、人から紹介してもらって入門したのが、吉祥寺にある月窓寺道場で、そこで指導されていたのが多田師範でした。そして、道主はその頃は若先生で、大学の授業での合気道を指導されていました。確か、体育の授業の単位はもう取ってあるのに、授業でも稽古出来るならと、勝手に参加していたように覚えています。35年前は色々な事が、それ程キチキチではなかったので、そんなことも出来ました。町道場で稽古していたので、それなりに動けていたのでしょう、道主から「何処かで稽古しているのか?」と聞かれて「吉祥寺の月窓寺です」「楽しいか?」「はい」と答えたのを今でも覚えています。
その頃は、始めたばかりなので、何とも思っていなかったのですが、最初の先生が多田師範、道主だったというのは、物凄い僥倖であったと今になって思いますし、運命のようなものさえ感じます。
月窓寺道場は学校を卒業したと同時に退会しました。その時、きちんと挨拶をすべきだったのですが、まだ学生で世間知らずでしたので、そのまま行かなくなったのが、今でも恥ずかしく感じるときがありますが、ここに書けて、少し気が楽になりました。
道主の稽古は、その後、コロナ禍までは半年に一度は本部に出稽古に行ってましたので、引き続き出ていたことになります。
ところが、10年くらい前からでしょうか、本部で半年に一度、多田師範の特別講習が行われるようになり、出来るだけ参加させてもらっています。多田師範の講習は、心の訓練方法にも重きを置かれていて、私の稽古の方向性に良い影響を頂いています。20年以上経てから再びご縁を頂き、不思議さと有難さを感じています。
稽古と年齢を重ねるごとに思うのは、合気道に育てられてきた、稽古に守られ、導かれてきた思いが年々強くなります。
少しでも向上したい、精度、練度を高めて武道的にも強くなりたい思いを軸に人生を選択してきました。それ故に、少なからずの方から呆れられたり、失望させたりもしたとは思いますが、自分の人生は自分で決めてきた納得感と楽しさがあり、それ故に、合気道に育てられた、守られた、導かれた感があります。
「人生は正解を選ぶのではなく、選んだものを正解にしていくんだ」と言われますが、その通りになっています。
最初のきっかけを作って下さった、多田師範、道主には感謝しかありません。喜んで祝賀会に参加してきます。
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