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「行」とは何か

 ここの記事に何度か「稽古を行として行っている」と書いています。ですので、私がどのような意味合いで使っているかを説明するのは、指導者になっているので、指導者がどんな考えで稽古を行っているかを知ってもらうもの意味があると思うので書きます。

 結論から言いうと、外部の状況や環境が望んだとおりにならなくても、どの様であろうと楽しく生きていけるような心、精神状態を創り上げる事です。

 私達は、願が叶うように、言ってみれば、外部の状況が自分の意に添うように変わるように努力します。時には、その為に仕方なくやりたくないことをやったり、我慢もします。そして、思い通りになれば喜び、ならなければ悲しみ、過去を悔んだり、将来を不安に思ったりします。

 私も節約してニーサなんてやっているからそう言った努力?もしています。

 ただ、稽古を「行」としてやっている以上は意に沿わない状態になったとしても「まあ、良いっか、稽古できているし、山にも行けてるし、仕事も出来てるし」位の気持ちは作りたいとは思います。

 心の集中状態、ゾーン、フローの勉強をしている時に「言い訳や他罰、他責は自分の心を自分で決められないと言っているようなもので、自分の人生を環境や他人に任せてしまう人間であると宣言しているようなものである。心の集中状態フロー、ゾーンは永遠にやって来ない」とあり、なるほどと納得しました。

 自分の好きを大切に、真剣に打ち込む。時間が消える、自分とやっている事が一つになって自分が消える、集中とリラックス、やっている事自体が楽しさとなる。そこには他罰も他責も環境のせいもありません。「行」ですね

 心技体、合気道は武道である以上、技の強さ、体の強さは当然必要ですから稽古して鍛錬しています。心の強さは試合のある武道や格闘技と少し違っているのかも知れません。外部状況としての相手に勝つとか、優勝する心の強さより、上記の「行」しての心の強さとしなやかさを私自身は目標としています。

 とは言っても、人間は知らず知らずに他人や環境から多大な影響を受けますから、自主的に自分にとって良い環境や付き合う人を選ぶことは極めて大切だと思います。自分で納得して選べば他人や環境のせいにしようもないですし。

 稽古によって心の集中状態を修練して、どのような外部環境であっても機嫌良く、楽しく生きていく。これは一生の修行ですし、成就する事は無い気もしますが、人生の時間の質を上げてくれるのは間違いないと思います。励みます。


 
 
 

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